「身の丈にあった暮らし」という言葉がありますが、この「身の丈」というのは人それぞれに違うからむずかしいですね。

「つつましい暮らし」なんて言葉もあります。

でも「つつましい」という基準が、これまた人によって違う。

私はというと、少なくとも

  • 人を羨ましく思う
  • 人と生活レベルを競う

こういった価値観を、あまり持ってはいません。

だから生活に関しても「隣の芝生は、所詮隣」みたいな感じで、「いいなぁ」とは思っても「羨ましい」とは、思わないかもしれません。

正確に言えば、若い頃は友人の家みたいに大きな家に住みたいとか、あんな洋服も欲しいとか、友人を羨ましく眺めていたかもしれません。

うーーん、それでもやっっぱりあまりないか・・・?(笑)。

割と「私はわたしよ・・・」とゴーイング・マイ・ウェイ的です。

ただ、50代では悟りをひらいたかのごとく(?)、一度っきりの人生だから「自分が心地よく暮らす」ことだけは絶対に譲れないし、家の経済状況が許せばお金をかけよう・・・と思うようになりました。

だからお金ってどれだけ必要かと問われれば・・・

「自分」または「家族」を主軸に、家族と自分が心地良く毎日を暮らすことができる自由を持てるだけ必要・・と答えることでしょう。

そしてそれだけの収入を、元気な間は自分の手で得ていたいと思います。

 

シニアが必要なお金について考える

 

興味あるネット記事を見つけました。

「預金8万円」と「ファーストクラス」を味わって、お金に対する価値観が変わったという人のお話です。

  1. 財務省に入省
  2. 財務省を退職して、退職金で留学
  3. 留学後に就職が決まらず、預金が8万円にまで減って生活に困窮
  4. 無事に、アメリカに本社がある大手コンサルティング会社に入社
  5. ファーストクラスでの出張や、ホテルのスイート・ルームが当たり前という華やかな暮らし

上記の経緯を経て、高収入もVIPな待遇も幸せをもたらさないことに気づいたというお話でした。

お金があれば幸せになれるのか、豊かになれるのか?

高収入、VIPな待遇も幸せをもたらさないことに気づいたという記事中の登場人物に、私はとても共感を覚えることができました。

その人は失業中に、貯金が8万円になり、野菜の値段が10円、20円上下することにも敏感になり、その当時はお金の存在意義についてずいぶん考えたとか。

しかし、その後タイミング良くアメリカに本社を置く、大手コンサルティング会社(M社としておきましょう)に入社して、環境は一変します。

  • クレジットカードがプラチナになる
  • 飛行機は毎回ファーストクラスにアップグレード
  • ニューヨークの空港では自分を迎えるグランドスタッフが待機
  • 人が並んでいても、入国審査を優先的に完了
  • ホテルもスイートルームが空いていれば、アップグレード
  • そして部屋にはホテルの支配人のメッセージカードとフルーツが届いている

いやーーー、こういう状況に置かれたら、テンション高くなって自分が偉い人になったと思ってもおかしくないし、実際私もそんな気がしてしまうかもしれません。

ちなみにM社の年収を調べてみたら「入社3年目ぐらいで年収1,000万円ぐらいに達する」とありました。

年収1,000万円に、上記のようなVIP待遇!

いや、ホント・・・自分が偉い人になったと思いこむ人が、ふつうにいそうな気がします(^^;)

お金は自由を得る手段

では、この記事に登場する人は、このVIP待遇をどう思ったかというと・・・

最初は好奇心も手伝って、このVIPな待遇を楽しんでいたものの、だんだんと自分自身に不釣合いな気がして心が落ち着かなくなったそうです。

そしてM社という大きな会社のメンバーだからこそ受けているVIP待遇であって、それは仮初めの姿だと気づきスイートルームへのアップグレードは断るようになったそうです。

要するに彼がM社を辞めるようなことがあれば、彼がVIPな待遇を受けられることもありません。

彼がM社という組織の一員だから受けられる待遇であり、彼そのものへの評価でもなんでもないのですよね。

 

誰だってきらびやかな世界に心を奪われるでしょう。

航空会社やホテルの上級会員になって、VIP扱いされることにも憧れるのが当たり前かもしれません。

でもこの人はそれが自分に幸せをもたらすものではないと気づいたという点で、本当の幸せが何であるのを知っている賢者だったと言えますね。

彼にとってお金は「自由をもたらす手段」だったのです。

お金だけを考える?自由をもたらす手段と考える?

記事の冒頭に書いた「身の丈にあった暮らし」は、その人の価値観によって大きく異なります。

毎月どれだけの収入があれば、その人が「身の丈にあった暮らし」をできるのかどうかも、やっぱりそれぞれ違いますよね?

ただ、記事に登場する人は「お金は自由を得るための手段」と考え、お金が十分にあれば、夢を実現するチャンスは広がると考えたそうです。

この点が私が最も共感する点でした。

このブログでは、私自身がアドセンスで月収10万円とか20万円以上の収入を得たことをお話しています。

そしてシニア世代や、子育中で外に働きに行きづらい主婦であっても、パソコン1台で月収10万円の収入って得ることができますよ!というお話もしています。

でも、この記事を読んでくださった方に忘れてほしくないことは・・・

お金は自由を得るための手段」である

このことなのです。

 

お金のためだけに働く」と「自由を得るための手段(お金)として働く」ことに、大きな違いがあることはおわかりいただけるでしょうか?

この差を理解いただければ

  • 本当の豊かさが何か
  • 自分にとって必要なものは何か

自分の身の丈にあった暮らし方はどういったものか、自ずと見えてくると思います。

身の丈にあわなかったスイートルーム

実は私もあるリゾート地でスイートルームに宿泊したことがあります。

夫と二人で旅行した時です。

私達は・・・

  • シーズンオフなのでスタンダードな部屋に空室はある
  • スイートルームは、やはりシーズンオフなので通常より価格が安い

それでは人生の中で「スイートルームというお部屋はどういうものなのか、体験してみるというのはどうだろう」と考えました。

そのホテルのスイートは、メゾネットタイプで合計4名まで宿泊可能。

しかも広々とした20畳以上ありそうなお部屋は、大きな家のリビングルームのよう。

簡単な調理もできるミニキッチンも付いていました。

そこに1泊した結果は・・・

大きなお部屋の大画面のTVの前で、ただ寝転がってテレビを観る

それだけでした(爆)。

そう・・・

いつも家で寝転がってテレビを見ていますが、せっかくのスイート・ルームに宿泊しても、「いつもと同じ」スタイルで時間をすごしただけでした(笑)。

しかも大きな部屋の片隅で・・・。

その時にしみじみと、我が家の旅行にはスイートルームは不要!

小さくても寝心地良いベッドとシャワーがあればいいのだ・・・と思いました。

そもそもホテルのスイートルームに宿泊するのに、コンビニで水やお茶を買っていくこと自体がおかしいですよね?(笑)。

スイートルームに当たり前に宿泊する人ならば、お部屋に備え付けの冷蔵庫やミニバーを使うでしょう。

そんな訳でそれ以降は、自分達に不似合いな贅沢はしていません。

 

でも、自分の居心地の良さを最優先で、新幹線ではグリーン車を利用したり、家の掃除や片づけは人に手伝ってもらったり・・・。

また自分がリフレッシュするために、マイセカンドルームを借りて週に何日かはそこで仕事をしたり、ぼんやり遠くの山々を眺めたり、川沿いを散策しています。

今、このライフスタイルが心地よく、毎日小さな幸せを感じながら暮らしています。

そして、この暮らしを手に入れることができたのは、アドセンスで+月収10万円以上を得ているおかげだと思っています。